8月23日は「油の日」です。
油の日を語るには欠かせない「えごま油」と油の神様として親しまれている「離宮八幡宮」についてご紹介します。
油の日とはどんな日?
8月23日の「油の日」は、日常生活に必要で大切なさまざまな油について考えるきっかけの日になることを願って、京都府乙訓郡大山崎町にある離宮八幡宮と1905年創業のカネダ株式会社が共同で制定した日です。
859年(貞観元年)8月23日、九州にあった宇佐八幡宮が清和天皇の勅命により、現在の京都府乙訓郡大山崎町に遷宮されたことにちなんでいます。
この遷宮をきっかけに、離宮八幡宮が日本の製油発祥の地として知られるようになったとされています。
離宮八幡宮と油の関係
離宮八幡宮での製油の始まり



離宮八幡宮の神官が神からのお告げで、長木というてこの原理を応用した搾油器を発明し、えごまの種子からえごま油の製油を始めました。
製油された油は、主に照明用の灯明油として用いられ、その中でも多くは寺社の灯明用の油として奉納されていました。
全国にこの製油業が広まり、離宮八幡宮は朝廷より「油祖」の名を賜りました。また、油の製造・販売を独占的に行うことができる「油座」として発展し、鎌倉時代から戦国時代にかけて油座が発展しました。しかしながら、織田信長の経済政策の一つである楽市楽座や菜種油が大量に生産されるようになると衰退の道をたどりました。
このような歴史から、今でも製油の発祥地である離宮八幡宮は油の神様として親しまれています
日使頭祭(ひのとさい)
離宮八幡宮にて毎年4月初旬に執り行われるお祭りに「日使頭祭(ひのとさい)」というものがあります。平安時代初期に、離宮八幡宮の淀川の対岸にある日本三大八幡宮の1つである石清水八幡宮にも神さまを分けてお祀りするための御遷座祭として始まりました。
現在でも日使頭祭の日には、油脂業界関係者が100人近く参拝し弊社社長も参加しております。献燈の儀、祝詞奏上、玉串奉てんが古式に則り行われる行事です。
こういった油脂関連の行事の締めには「油締め」という手締めをするのが恒例となっています。油締めはリズムをつけて12回手拍子をし、最後は油の相場があがるように両手のひらをお椀の形にして上向きに上げるポーズをします。
昔の搾油の方法について
長木型搾油機

平安時代に離宮八幡宮でえごま油を搾っていたころは、長さ約6mの八角形の柱を3本組み合わせた長木型搾油機が一般的に使用されていました。
写真のものは実際の2分の1の模型です。

手前のお皿の中にあるものはえごまの実です。
奥側の小皿には長木型搾油機で搾られたばかりのえごま油が滴り落ちています。
えごまの1本の苗から約1000~2000粒(約20g)のえごまの種子が採れ、6mlのえごま油が採れます。
えごまの種子約1000gからは、300ml程度のえごま油が採れます。
立木型搾油機
江戸時代には矢と称する楔(くさび)を打ち込む立木型搾油機が開発されました。動画は実際に日使頭祭にてお祭りの参加者が体験をしているところです。
欧米諸国から機械式の搾油機が輸入され始める明治ごろまで、多くは立木型搾油機が使用されていました。主に菜種油の搾油に用いられていました。
立木型搾油機の楔を打ち込む作業を繰り返すと、出来立てのえごま油が滴り落ちてきます。
えごま油について
日本の製油の始まりとなったえごま油には様々な用途があります。シソ科のえごま(荏胡麻)という植物の種子より採れる油です。荏油(えあぶら)や荏の油(えのあぶら)と呼ばれることもあります。
灯明油

離宮八幡宮で製油が始まった際の主な用途である照明用の灯明油としての使い方があります。
油皿、油受け皿、灯芯を使用して優しい光を灯します。
塗油

えごま油はヨウ素価が185〜205で乾性油の中では最も乾きが早い代表的な乾性油です。
木工塗油として木材の保護や艶出しとして使用されています。
艶出し、耐水、殺菌効果に優れ、シックハウス症候群の予防にもなります。
食用油

オメガ3系脂肪酸である「α-リノレン酸」を多く含む健康オイルとして、昨今アマニ油(亜麻仁油)と共に人気が高まった油です。オメガ3系脂肪酸は人の体内では作れないため、食べ物から摂取する必要があります。
熱によって酸化が進むため加熱調理には向きませんが、サラダにかけるドレッシングに使用したり、冷奴にかけたりそのまま摂取するのがおすすめです。
8月23日の「油の日」に、日常生活に必要で大切なさまざまな油について考えるきっかけになれば幸いです。
山桂産業株式会社は1946年創業の油(オイル)と蝋(ワックス)の卸問屋です。
ECサイト「あぶら屋ヤマケイ」では多種多品目の油脂蝋(オイルやワックス)を取り揃えてお待ちしております。